中小企業診断士が巡る、練馬の街 〜お菓子と麦酒〜

江古田の市場通りの一角に、クラフトビールとタルトというちょっと不思議な組み合わせのお店があります。その名も「お菓子と麦酒」。今回は、江古田駅近くにあるこのお店を紹介します。

店舗情報
店舗名:お菓子と麦酒
住所:東京都練馬区栄町29-5
業種:飲食業
営業時間:12:00〜19:00(水〜日)
特徴:気ままに飲めるクラフトビールとタルトのお店

こちらのお店は、2020年に商店街空き店舗入居促進事業を活用して開業しました。山口さんご夫妻が二人三脚で経営しています。オープン当初はコロナ禍の影響で思うような営業ができずに苦労したそうです。それでも少しずつ常連客が増え、いまでは江古田の人気店になっています。
看板メニューは、店名が示す通りビールとタルトです。店内では常時20種類以上のクラフトビールをラインナップしています。新しい銘柄も積極的に仕入れており、これまでに200種類以上を扱ってきました。最近の人気は福井県OUR BREWINGのFour Dimensions(フォー・ディメンションズ)。飲みやすさと香りのバランスがよく、何杯でも飲めてしまうそうです。

一方、手作りのタルトはセイボリータルト(惣菜系)で、月替わりで2種類を用意。野菜系と肉系をバランスよく構成し、旬の食材を使ってレシピを工夫しています。取材で伺った日は「キョフテ(中東風ハンバーグ)」を黒ビールソースで仕上げた一品と、「ネギとムール貝のキッシュ」が用意されていました。それぞれに合うクラフトビールも提案してもらえます。
このように商品の特徴は明確ですが、店の前は駅からの動線を少し外れており、通行量は多くありません。目立つ看板もなく、派手な宣伝もしていません。それでもファンを獲得できている理由を、いくつかの視点から探ってみたいと思います。
なぜ、お菓子とビール?

クラフトビールとタルトという珍しい組み合わせは、店の構想を練っているときにたまたま出会った本『お菓子とビール(Cakes and Ale)』(サマセット・モーム、1930年)から着想を得たそうです。
こう聞くと、単なる偶然からうまれたアイデアと思われるかもしれませんが、もともと店主の山口瑞希さんが考えていたお店のイメージにピッタリはまったことで生まれたアイデアです。そのイメージとは「気軽に昼飲みができる店」。酔うためではなくリラックスのための昼飲みを提案したい、という明確なビジョンがあったから、「お菓子とビール」という響きにピンときたのでしょう。セレンディピティにも理由があることがわかります。
お客様の声で成長する店
店主が「自分のやりたいこと」と「お客様の声」のバランスを丁寧に取っている点もポイントです。
たとえば、クラフトビールの「飲み比べセット」は、常連客の要望から生まれたメニューです。ハイボールやワインは、ビールが苦手な方でも楽しめるようにとの考えから導入されました。タルトメニューの更新頻度も、「もう一度食べたかった」というお客様の声に応えて2週間ごとから月1回のサイクルに変更されました。
こうした「押しつけすぎず、でも応えすぎない」ちょうど良い距離感が、お客様の信頼とリピートにつながっているようです。

過ごしやすい空間へのこだわり
空間づくりではニュートラルであることを意識しているといいます。おしゃれなカフェ風にしてしまうと、男性に敬遠されてしまう。ビールの専門店色を強めてしまうと、マニアックすぎて入りにくく感じる女性がいるかもしれない。女性的でもなく男性的でもない、それぞれが気兼ねなく過ごせる場所にすることを最優先にしています。
以前は焼鳥屋だった店内は、あえて元の面影を残しつつ最小限の装飾でまとめられている素のままの空間です。昼間からビールが飲めて、静かに本を読んでも、絵を眺めても、会話を楽しんでもいい。そんな、自由で居心地の空気感が感じられます。

アートをきっかけに広がる出会い
お客様が増えるようになったきっかけのひとつがアートとのつながりです。
パートナーの晋似郎さんは日芸出身で、アート・音楽界隈とのつながりがあり、店内では定期的に作品展示やイベントを開催しています。また、「江古田のまちの芸術祭」にも毎年参加しています。期間中は店内をギャラリーにしてアート作品の展示販売を行っていますが、多くの人が訪れて認知拡大に貢献しています。
「アートが好きで訪れた」「展示をきっかけに常連になった」という人も多く、カルチャーが飲食以外の来店動機を生み出しています。


「ビールもタルトも食べられないけど、行ってみたい」
お店の魅力を示す印象的なエピソードがあります。ある時、小麦アレルギーの知人が「この店に行ってみたい」と言ってくれたそうです。ビールもタルトも口にできない体質の人が、グルテンフリーの対極にあるようなこのお店に興味を持ってくれたのはなぜか。
その理由は「共感」にあります。
「気軽に昼飲みができる店」を目指して整えられたメニューや内装、サービス、そして音楽やアートとの親和性。こういった一連の活動を通じて伝わってくる価値感やスタイルに共感し、「ここなら自分も楽しめるかも」と感じたのではないでしょうか。
ちなみに、小麦が苦手な方にはタルトの「あたま(具材だけ」を提供することもできるそうです。

共感が、常連をつくる
この店には「自由であっていい」「自分のペースで過ごしていい」というメッセージが隅々にまで行き渡っています。それは商品や内装、サービスだけでなく、店主ご夫妻の姿勢にもにじみ出ています。
常連客に長く愛される最大の理由は、「この店の価値観やスタイルに共感できるから」なのかもしれません。だからこそ、クラフトビールが好きな人も、そうでない人も、この場所にまた足を運びたくなるのではないでしょうか。
小さな個人店が味や立地だけで勝負するのには限界があります。価値観への共感がファンをつくり、リピートにつながり、結果としてビジネスとしても支持されていくことにつながります。
「今がいちばん働いていて楽しい」という山口さん。今後はグッズ制作(帽子・ポスター・カレンダーなど)や出店イベントへの参加にも力を入れていきたいとのこと。今後の展開が楽しみです。
