中小企業診断士が巡る、練馬の街 〜 KAISEKI MIRIN 〜

大泉学園の住宅街に、一軒の懐石料理店があります。白を基調としたモダンな内装でカウンター越しに料理が供される空間。「懐石」という言葉から想像される堅苦しさとは、少し違う雰囲気です。2021年に開業した『KAISEKI MIRIN』は、練馬ビジネスサポートセンターの空き店舗入居促進事業を活用して誕生しました。
店主の日野岳(ひのおか)俊さんは、独立にあたってさまざまな場所を検討しましたが、最終的に選んだのは幼い頃から親しみのあるこの街でした。修行時代から積み重ねてきた確かな技術を携え、馴染みのある地で新たな一歩を踏み出しています。

店舗情報
店舗名:KAISEKI MIRIN
住所:東京都練馬区東大泉2-9-7 メゾン・ド・フォンテーン1F
業種:飲食業
営業時間:ランチ/11:30~14:00 ディナー18:00〜23:00(定休日:火曜日)
特徴:旬の素材を使った懐石料理
修行時代からの目標を叶えるまで
若くして料理の世界へ進んだ日野岳さんは、京料理の師匠のもとで修行の日々を送る中、「いつか自分の店を持ちたい」という気持ちを育んでいました。その後、店長として2店舗の立ち上げを経験したことで、その夢が現実味を帯びるようになりました。伝統的な懐石料理店と、よりモダンな和食店のオープンに関わる中で、物件の選び方、内装の考え方、仕入れ先の開拓、スタッフの教育など、開業に必要なことを実践的に学ぶことができたといいます。
「1店舗目でゼロから立ち上げるのがどういうことかを知って、2店舗目でそれが確かなものになりました。自分のお店を作ることが、具体的にイメージできるようになったんです。」
独立の決意を固めてからは、候補地を探して多くのエリアを歩きました。中目黒、下北沢、自由が丘、武蔵小金井…。おしゃれな街、人通りの多い商店街、飲食店が並ぶ通り、それぞれに可能性を感じながらも、「仕事の目で見たとき」に最終的に引き寄せられたのは、幼い頃から親しんできた大泉学園・石神井公園エリアでした。
「この地域には、こういうお店がないんですよ。懐石料理を食べようと思ったら、電車に乗って行かないといけない。それなら、近くに来られる場所を作りたいと思いました。」
価格帯は地域の飲食店の中では高めになりますが、懐石という食文化の入口を、自分が育った街に作りたい。その思いが、大泉学園を選ぶ最後の決め手になりました。

期待以上の本格的な料理

店名の「MIRIN」には、お店のコンセプトがそのまま込められています。みりんは、料理に照りを出したり、味を丸くしてくれる調味料。「和食って、お寿司にしても、時としてちょっと角が立つような場面があります。それに対して、やわらかく角を取ってあげたいという思いがありました。」和食以外ではほとんど使われない、いかにも日本らしい調味料であることも名前を選んだ理由の一つで、MIRINという言葉には「3つの和」——和食の「和」、丸みの「和」、人と人がつながる和のこころ——が重なっています。
そこから生まれたコンセプトが、「懐石の敷居を下げる店」でした。開業当初は、フレンチの技法を取り入れたり洋風のアレンジを加えたりと、表現に幅を持たせる試みをしていました。しかしやっていくうちに、お客様の反応から大切なことに気がつきます。
「良い意味でだまされた、っていう声が増えてきたんです。モダンな雰囲気から創作系かなと思って入ったら、本格的な日本料理が出てきた。その意外さが良かった、という感想をいただくことが多くて。」
洋風のアレンジよりも、だしの効いた一椀や季節の炊き合わせのほうが、お客様の顔が変わる。そんな場面を目にする中で、表面的なモダンさではなく、料理の芯にある本格和食の部分が求められているのだと気がついたそうです。


コース構成の起点は、毎朝の市場通いにあります。自ら足を運び、八百屋や魚屋と直接会話することで、旬の流れをつかんでいきます。メニューを決めてから食材を探すのではなく、食材を見てからコースを考える。その順番が、季節感のある料理を作る上で欠かせないと言います。
通い続けるうちに信頼関係が育まれ、「MIRINさんならこれ使うと思って、取っておいたよ」と声をかけてもらえるようにもなりました。コースは常に2ヶ月先の旬を頭に描きながら組み立てます。仕入れ先との何気ない会話が、コースのインスピレーションの源になっています。
お客様一人ひとりとの会話を大切に
開店の時期はコロナ禍の最中だったこともあり、店舗と並行して高齢者施設の給食調理にも関わっていました。給食は、同じメニューを大量に作る単調な仕事に思えますが、実際には入居者一人ひとりの状態に合わせた細やかな対応が求められる現場でした。「みなさん、食事をすごく楽しみにしているんです。だから手を抜けないし、やりがいもありました。」その経験から、一人ひとりの表情を見ながら料理を届けることの大切さを実感したそうです。
日野岳さんはカウンター越しに、お客様一人ひとりの好みや会話を記憶しています。リピーターには前回と食材が重ならないよう自然に調整し、会話では好みに合わせて季節の食の話題も織り込みます。お客様が次の旬を楽しみに帰っていく。そのサイクルが、口コミとリピートにつながっています。
ただ、ここまでの道のりは順風満帆ではありませんでした。コロナ禍の影響や価格帯の高さも相まって、なかなかお客様が来ない時期が続きました。「辛抱するしかなかった」と日野岳さんは振り返ります。そんな中で地道に続けたのが、地域の商店街イベントへの顔出しと、インスタグラムでの発信でした。柔らかな言葉を意識しながら「親しみやすいけど、ふざけすぎない」というバランスを保ち続けることで、「意外と入りやすいお店」という認知が少しずつ広がっていきました。
「美味しかった、また来ます」という言葉が一番うれしい、と日野岳さんは言います。その言葉を引き出すために、毎朝市場へ行き、お客様の顔を覚え、次の季節を語る。大きな宣伝をしなくても、一人ひとりのお客様との会話が、次の予約へとつながっていきます。
開店から徐々に地域に根付いてきた今、日野岳さんは新しい取り組みとして仕出し弁当や持ち帰り需要への対応を考えています。どうせやるなら、他とは違うMIRINらしい提案ができないかと、新しい形を模索中です。地域の中での存在感をさらに高めようとする試みは、これからも続いていきます。


三谷 誠一 〈チーフアドバイザー〉
中小企業診断士/グラフィックデザイナー
得意分野は販売促進とデザイン。ITも好きです。計画立案だけでなく実行段階のことまでトータルでアドバイスします。デザイナーとして販促物やウェブのデザインも手掛けています。





